■トピックス
コンディショナルノックアウトマウスを用いた学習・記憶調節機構の解明
http://wwwsoc.nii.ac.jp/tjps/kouhou/topic/topic118-2-136.htm
日本薬理学会誌vol.118(1998)より抜粋
1999年,米国Princeton大学のTsien助教授らのグループによってDoogieと名付けられたトランスジェニックマウスが作製された(Nature
401, 63‐69, 1999).このマウスは,前脳に豊富に発現しているα‐CaM‐kinase
IIプロモータ領域の下流にNMDA受容体のサブユニットの1つであるNR2B遺伝子を配置することにより特異的に前脳(特に皮質と海馬)に過剰発現させたマウスである.
このマウスは,正常に生育し,痙攣など行動異常や著明な形態学的異常は認められなかった.電気生理学的な実験において,このマウスの海馬CA1領域でのシナプス伝達は,野生型マウスより促進されていた[長期増強(LTP)の促進].
また,行動学的な学習・記憶試験において,このマウスの水迷路試験における空間記憶能は,野生型マウスに比べ増強していた.Fear‐conditioning試験において記憶の保持能力を調べたところ野生型マウスと比べてこのマウスの保持能力は増強されていた.このように,遺伝子操作によって脳の高次機能までも制御可能であることを示した画期的な報告として注目されている.
次に彼らは,このような学習・記憶が障害されている海馬CA1領域のNR1サブユニット欠損マウス(CA1‐KO
mice)を用いて飼育環境の影響について検討した(Nature Neuroscience 3, 238‐244, 2000).CA1‐KO
mice(1.5〜2カ
月齢)を1日3時間,遊技器具(色々な玩具,回転カゴ,小さな家など)がある環境で2カ月間訓練し,訓練しなかったマウスと比較した.
その結果,このCA1‐KO
miceは学習・記憶障害が認められなくなり,解剖学的にも電気生理学的にも欠損していた生理機能が見事に回復していた.これらの実験から,遺伝子操作による記憶障害は必ずしも不可逆的でなく豊かな環境によって回復されることを示した点で,非常に興味深い結果であると思われる.
■資料(遺伝子の操作による実験動物)
ノックアウトマウスknock-out mouse
ある遺伝子を欠損(あるいは変異)させて、機能しないようにしたマウス。疾病と遺伝子の関係や、ある酵素の欠損が生体にどのような影響を及ぼすか、またその酵素の欠損を生体がどのように補完するかなど、さまざまなメカニズムの研究に用いられている。(デジタル大辞泉より)